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冷え冷えとした空気の中、ルファルの身体の奥底から、肌を刺すようなパリッとした殺気が弾けた。この男を――跡形もなくこの世界から消し去る。
「この私を完全に消滅させるだと?」
その殺気に応えるように、世異は手にしていた鎖鎌を黒い邪気へと変え、歪な剣を創り上げて不敵に構える。「やれるものならやってみろ」吐き捨てるような言葉が消えるよりも早く、ふたりの剣先が激突した。直後、世異は背中から広がった6枚の翼を鎌へと変形させ、同時にルファルへと放つ。されど、そんなものに惑わされるか。ルファルは瞬時にその刃の先を全て斬り落とした。そのまま神速に踏み込み、ふたつの剣が激しく火花を散らす。身を翻し、横に一回転して、更に鋭く踏み込み剣を振るう。そして再び剣と剣が激しくぶつかり合ったその瞬間。ルファルは怒りを込めて言い放つ。「父上を、シャイン皇帝を、この場にいる皆を、そして――」ルファルは全身の力を込め、剣で世異の剣をぐっと* * *床に冷たい倒れ込んだまま、リリシアはすぐ傍らにいるルファルの姿を見つめた。目の前では、ルファルの姿をした偽者の男――世異が、片膝をついたルファルの額へとゆっくりと掌を近づけていく。そして、世異の禍々しい掌が、ルファルの額に触れた瞬間。「う、わああああああああ!!」ルファルが激しく身を震わせ、苦悶に身をよじらせ絶叫した。苦悶の声は玉座の間全体に響き渡り、その姿を見ただけで、胸が張り裂けそうになる。(ルファル様っ……!)ルファル様を奪わないで。どうか、この方をこれ以上苦しめないで。「このまま苦しみながら永久に眠れ」世異の冷徹な声が冷たく響く。「させ……ない……」リリシアは震える手を必死に伸ばす。冷たくなった指先を這わせてでも、リリシアはこの方に触れたかった。「ルファル様は……わたしが、お守りします」リリシアの指先がルファルの身体に触れた瞬間、胸の奥底から溢れ出た強い想いに応えるように、ふわりとルファルとリリシアの身体を優しく包み込む温かな光が広がった。ルファルを守ろうとする清浄な結界が張り巡らされ、世異は舌打ちをして僅かに距離を取る。「はぁ、リリ、シア、っ……」リリシアを気遣うように紡がれたそのルファル声に、リリシアは胸がいっぱいになりながら、せめて安心してもらえるよう、優しく微笑みかけた。大丈夫です、わたしがついていますから――そう伝えたくて。「おのれリリシア、まだラルファルを守るか。リリシアに守られて情けない奴め」吐き捨てるような世異の言葉に、床に倒れていたエルシーが悔し涙を流しながら泣き叫ぶ。「ルファル様を馬鹿にしないでよぉ!」エルシーの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。その声には震えが混じりながらも、誰よりも熱い想いが込められていた。「ルファル様は最強魔術師! 誰よりも強いんだからぁ!!」
* * *冷え冷えとした空気の中、ルファルの身体の奥底から、肌を刺すようなパリッとした殺気が弾けた。この男を――跡形もなくこの世界から消し去る。「この私を完全に消滅させるだと?」その殺気に応えるように、世異は手にしていた鎖鎌を黒い邪気へと変え、歪な剣を創り上げて不敵に構える。「やれるものならやってみろ」吐き捨てるような言葉が消えるよりも早く、ふたりの剣先が激突した。直後、世異は背中から広がった6枚の翼を鎌へと変形させ、同時にルファルへと放つ。されど、そんなものに惑わされるか。ルファルは瞬時にその刃の先を全て斬り落とした。そのまま神速に踏み込み、ふたつの剣が激しく火花を散らす。身を翻し、横に一回転して、更に鋭く踏み込み剣を振るう。そして再び剣と剣が激しくぶつかり合ったその瞬間。ルファルは怒りを込めて言い放つ。「父上を、シャイン皇帝を、この場にいる皆を、そして――」ルファルは全身の力を込め、剣で世異の剣をぐっと押し返す。「リリシアを、長きに渡り呪いで苦しめたお前を――絶対に許しはしない!」世異は力任せに剣で押し返し、ルファルは体勢を立て直すべく、一度距離を取る。そして床を蹴り、一直線に駆け、一気に高く跳び上がった。「消え失せろ」シャイン皇帝と同じ軌跡を描き、世異の背中をナナメに切り裂く。「がっ…………」世異が苦しみの声を上げ、その身体がぐらりと前に傾いた。ルファルは華麗にバク転し、軽やかに床へと着地する。――だが。世異は凄まじい執念で床に踏み留まり、瞬時にルファルの方へと振り返る。そのまま体の向きを変え、光の速度で床を蹴り――気付いた時には、世異はすぐ目の前にいた。そして、冷徹な闇を帯びた世異の剣が、ルファルの右肩を容赦なく貫いていた。「っ……!」熱い痛みが全身を駆け巡る。剣が引き抜かれた瞬間。右手の力が抜け、ルファルの右手から剣が
命懸けの、必死の願いが込められたリリシアの叫びに呼応するように、ルファルが鋭く息を呑む。直後、愛刀を強く握り締め神速の身のこなしで駆け、高く飛び上がり、月の光を纏ったその刀を閃かせ、無防備となった世異へと容赦なく剣を振り下ろした。しかし、世異はリリシア達の想定を遥かに超えていた。リリシアの展開した結界を真っ向から打ち破る程の凄まじい邪気を爆発させる。その衝撃でリリシアとルファルはまとめて激しく跳ね飛ばされた。「あっ……」投げ出される身体と共に、轟音で、小さな悲鳴が虚しくかき消される。天井付近で鮮やかにバク転し軌道を捉えたルファルの強い腕が、扉に向かって吹き飛ばされるリリシアの体をギリギリで抱き止め、そのまま一緒に床へと転がった。「リリシア、大丈夫か?」「わたしは……大丈夫です。ルファル様こそ、お怪我は……っ!」ルファルは痛みを堪えるように眉を一瞬ひそめながらも、乱れた髪をそっと優しく撫で、強く抱き締める。「私は、平気だ。全く……奴だけでなく私までも欺くとは。大した度胸だな」「申し訳ありません……。どうしてもルファル様を失いたく、なくて……っ」「……もう、2度とお前の命を危険に晒すな。あんな無茶をするな」ルファルの言葉に胸がいっぱいになり、溢れそうな涙を必死に堪えて頷く。「だが――お前のその命懸けの力は、確実に奴に届いたようだ」ルファルに支えられながら、リリシアは共にゆっくりと起き上がる。見れば、先程までの圧倒的な威圧感を放っていた世異の身体はボロボロに傷つき、荒い息を吐いていた。「おのれ……リリシア……め……!」世異は憎々しげにこちらを睨みつける。「リリシア、ここで見ていろ」「はい……っ」ルファルは
「――断る」ルファルは、一瞬の迷いもなく即答した。その凍てつくような冷たさと、絶対に揺るがぬ強い意志が宿る涼やかな声が、張り詰めた空気をピリッと凍らせる。「リリシアは私の、私だけの花嫁となる。誰にも渡しはしない」「ルファル様……っ」胸がいっぱいになる程の熱い嬉しさが込み上げる一方で、この場に倒れ伏したルファルの姿が一瞬脳裏をよぎり、ぞっとするような恐怖が背筋を駆け抜けた。――もしも、わたしを選んだせいで、ルファル様を永遠に失うことになってしまったら?「そうか。ならば」ルファルの姿をした偽者――世異の冷徹な視線が静かにこちらへ向けられた。その悍(おぞ)ましいまでの圧に、息が詰まりそうになる。「リリシア、最後の命令だ。こちらへ来い。そして――『私の花嫁となる』と言え」「わたし、は……っ」縋(すが)るような思いで隣のルファルを見上げる。すると、手の震えに気づいたのか、冷えた手をルファルが強く、温かく握り締めてくれた。その掌の温もりが、今の自分の微(かす)かな救いだった。「リリシア、奴の言葉など、聞く必要はない」けれど――このままルファル様を失う訳にはいかない。だからどんな手段を使ってでも、この人だけはわたしが必ず守り抜く。ルファルの温もりが離れていく恐怖に耐えながら、リリシアは意を決してルファルの手を自らそっと振り解(ほど)いた。そして、これ以上ない程の拒絶を示すように、ふいっと顔を逸らす。全ては選んだのは貴方ではないと見せかける為。冷たい闇の先にあるかもしれない一筋の光を掴む為に、リリシアは覚悟の足を一歩踏み出した。「リリシア、っ……!」両目を見開くルファルの驚愕の声を背に受ける。けれどもう、振り返ることは許されない。世異は勝ち誇ったように、ぞっとする程の冷酷な笑みを浮かべた。「それで良い。ようやく私の花嫁となる決意が出来たか」リリシアは震える足を一歩、また一歩と動かし、世異へと近づいていく。――許して下さい、ルファル様。どうかわたしの真意に気づいて――。世異との距離が縮まった瞬間。躊躇うことなく世異の間合いに飛び込むと、その身体をしっかりと両腕で力強く抱き締めた。世異が驚愕に目を見開く。その胸元で、ほんとうの願いを今度こそ届けるようにと、リリシアは全身の力を込めて結界を展開した。「……っ!? くはっ…
だが、世異はその銃弾を紙一重でかわし、冷酷に鎖鎌を投げ放った。3名はその猛攻を神業の回避でかわしつつ、同時に渾身の一撃を振り下ろす。しかし、世異は背の3枚の翼をそれぞれ鎌のように鋭く変形させて容赦なく迎え放った。その予測を超えた反撃に、アルベルト、リゼル、テオの3名は深く斬り裂かれ、激しく弾き飛ばされた。だが、すぐ近くの床に投げ出されたリゼルの姿に気付いたラズエラが崩れ落ちた痛む体を起こして倒れ伏すリゼルに必死に呼び掛ける。「リゼル様! リゼル様……っ! わたくしがもう一度! 天の願いを……!」ラズエラが祈りを捧げようとした瞬間、世異は背から広がる片翼を冷酷な鎌へと変形させ、彼女へと放つ。――ラズエラ様っ……!リリシアが心の中で叫んだその瞬間。リゼルが身を起こしてふらりと立ち上がり、ラズエラを我が身を盾にして抱き締めた。直後、背中を深く斬り裂かれたリゼルは、ラズエラを庇うようにしてそのまま崩れ落ちる。「リゼルくんっ……!」エルシーが悲鳴に近い声で叫ぶ。怒濤の狂気の中、世異は更に背の翼を2枚増やし、6枚全ての翼を殺戮の鋭利な鎌へと変化させ、無慈悲にリリシア達へと放った。「……っ! させねぇ!!」アルベルトとテオが同時に叫び、身を起き上がらせ立ち上がると、瞬時に駆け付け、ハノとユエリアの前に身を挺して飛び出し、剣で必死に1枚ずつ弾き返していく。だが、取り零した2枚の翼の鎌で斬り裂かれて深手を負い、その衝撃で弾き飛ばされる。直後、4枚の翼の凶刃が再び襲いかかり、それに向かって、エルシーも加勢し、ハノやユエリアと共に剣で必死に応戦する。が、弾ききれなかった2つの鎌がエルシーとユエリアの身体を捉え、深く切り裂く。ふたりは紅の飛沫と共に弾き飛ばされ、床へと叩きつけられた。リリシアの瞳が微かに揺れる。(――エルシーさん! お姉さまっ……!)「エルシー! ユエリア
* * *――いけない、このままでは、あの優しく気高いシャイン皇帝のお命が消えてしまう。リリシアは恐怖に震えそうになる心を必死に抑え込み、ルファルを見上げるようにして呼びかけた。「ルファル様……っ」名を呼ぶと、ルファルはハッと我に返ったようにこちらを見る。「わたしを下して……! 早く、シャイン皇帝の元へ……っ!」「あぁ。だが、離れるな。私の腕にしっかりとしがみ付いていろ」ルファルはリリシアをそっと床へ下ろす。リリシアがその腕にしがみ付くとその身を護るように支えながら、床に倒れたシャイン皇帝の元へ風のように駆け寄った。しかし、その直後。地を抉るような冷酷な世異の声が響き渡る。「ラルファル、シャイン共々、そのまま塵(ちり)となって滅びろ」絶対なる命のように告げると、狂気と殺意を纏った世異は冷酷な眼差しでその凶悪な禍々しい鎖鎌をルファル目掛けて放った。「ルファル様……っ!」リリシアは反射的に掌を前へと突き出す。シャイン皇帝を、愛しい人を守りたい。その一念だけで、おふた方──ルファルとシャイン皇帝を守るようにして眩い結界を展開し、鋭い鎖鎌を激しい音と共に跳ね返す。「リリシア、邪魔をするな」吐き捨てるような声音。世異は背から生えた4つの翼を、悍ましい鎌の形状へと変化させ容赦なく放つ。だが、その凶刃が届くより早く、3名の頼もしい影がリリシア達の前へと飛び出してくる。起き上がったハノ、エルシー、そしてユエリアが、素早く駆け付け、鋭い剣閃をもってその攻撃を跳ね返した。「ハノ様、エルシーさん、お姉さま……っ!」リリシアは思わず名を呼ぶ。「ここは私とユエリアが命に代えても守り抜く。エルシーは急ぎ、ルファル達と共にシャイン皇帝の応急手当を!」ハノの静かで凛とした声が響く。エルシーは迷いなくその指示に頷いた。「分かったわ!」リリシアはエルシーの指示に従い、彼女やルファルと自身の力を繋ぎ合わせ、震える手でシャイン皇帝の傷口へと命の光を注ぎ込み始めた。 その時――緊迫した空気を切り裂くように重厚な扉が音を立てて開かれ、アルベルト、リゼル、テオの3名が飛び込んできた。彼らの視線は、一瞬で床に倒れるシャイン皇帝へと向けられる。「シャイン皇帝――っ!!」3名の叫び声が、張り詰めた空間を切り裂いた。「貴様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」「許さな
* * * それから月日は流れ、とある朝。 「もう一ヶ月になるのね…………」 リリシアは窓拭きの手を止め、嘆き息を吐く。 家を元に戻したい、姉の役に立ちたいと日々奮闘しながら勤め、ようやく慣れてきたけれど、月を見る度に体調が悪くなり、体質がバレないかとひやひやするのは相変わらず続いている。 ふと何やらざわめく声が聞こえ、リリシアは視線を送ると、宴の部屋の前にメイド達が集まっていた。 一体なんの騒ぎだろう? リリシアも近づき、少し開いた扉から中を覗く。 するとルファルが舞台の椅子に座り、黒色の大きくお洒落な楽器を弾くうるわしの姿が両目に映った。 「ルファル様のグランドピアノの演
「――勘違いをするな。私は嫁いだとは微塵にも思っていない。お前はただの下働きだ。いつでも死んでくれて構わない」酷く冷たい刃のような言葉。そう言われることは始めから分かっていた。なのに体が一瞬ぐらつきそうになり、必死に耐える。「かしこまりました」リリシアは了承すると、ただ深々と頭を下げた。震える手を握り隠し、倒れてけどられないよう、ぐっと足を踏ん張る。すると足音が徐々に近づき、リリシアの隣をルファルが通り過ぎた。ルファルはカイスにワイングラスを手渡し、部屋から出て行く。リリシアは、ほっと息を撫でおろす。ルファルが通り過ぎる時、「――」と何かを囁いた気がしたけれど、なんとか、や
その日の夕暮れ、リリシアは部屋で出立の準備を済ませ、ユエリアの病床に足を踏み入れた。冷たい床に跪き、リリシアは告げる。「お姉さま、今夜、ハクヴィスの邸へ嫁ぐことになりました」潤む目に映るのはベッドに横渡るユエリアの姿。本来ならユエリアの部屋に入り、近づくことすら許されない。けれど、最後だから。こんなはずじゃなかった。あの時までは幸せだったのに。リリシアは震える手をぎゅっと握り締める。するとユエリアが弱弱しく微笑み、口を開く。「リリシア、頭をこちらに」頭を近づけると、ユエリアが手を伸ばし、美しい月の花の髪飾りが付けられる。「私はいつでも貴女の味方よ」ユエリアの手が触れ、
* * * それからというもの、リリシアは月を見る度に体調を崩すようになった。 ユエリアは月の魔術の力を完全に閉じられ、病に伏せた。 そして、ユエリアの「ドラゴンに似たイーグルの怪異を見た」という説明のおかげで怪異が原因なことを両親に信じてはもらえたが、リリシアはベルフォード家の恥、「月影」と呼ばれ、朝から晩まで家事と雑用を押し付けられ、夜は鳥籠のような部屋に閉じ込められる日々が続き――、18歳となった今もそれは変わらない。 「月影! お前が樹木に触れ、怪異を呼び寄せなければ!」 毎晩のように、母が叫び声を上げ、押し込められている部屋の扉を乱暴に開けられ、中から引きずり出される。